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鹿沢広域図

鹿沢(かざわ)は群馬県の西端に位置し、周囲を浅間山や湯ノ丸山、四阿山あずまやさんなどの火山に囲まれた山麓の高原です。

気候は中央高地式気候[1]に区分され、年間を通じて気温は冷涼で、湿度は低く保たれています。降水量は少なく、日照時間が長いため、様々な草原性の草花が育ち、訪れる人たちの目を楽しませてくれます。このため鹿沢は、「花の高原」とも呼ばれています。

[1] 中央高地式気候:周囲を標高の高い山に囲まれた内陸性の気候で、梅雨の時期を除いて降水量は少なく、湿度は低い。夏に盆地ではフェーン現象の影響を受け気温が上がり、冬は放射冷却現象によって朝晩の冷え込みが強くなる。

国指定天然記念物 湯の丸高原レンゲツツジ群落

湯の丸高原のレンゲツツジ群落

湯ノ丸山(2101m)の旧鹿沢温泉側山腹斜面にあるレンゲツツジ群落は、6月中旬から7月上旬にかけて花を咲かせ、一帯を朱に染め上げます。その数はおよそ60万株を数え、世界有数の規模として1956(昭和31)年5月15日に国の天然記念物[2]に指定されました。

レンゲツツジは酸性で貧栄養の火山灰土を好みます。 湯の丸高原は、周辺にある火山活動の影響で、地表に火山灰土が堆積していて、レンゲツツジの生育に好適な環境になっています。 他の植物が育ちにくいところに生え、色鮮やかな花を咲かせるレンゲツツジは、火山が作り出す環境に適応した植物と言えます。

[2] 天然記念物:文化財のうち、動物,植物および地質鉱物で学術上価値の高いもので、文化財保護法や各地方自治体の文化財保護条例に基づき指定されたもの。

歌い継がれる愛唱歌 ── 雪山讃歌発祥の地 ──

西堀栄三郎
西堀栄三郎(1903-1989)

雪よ岩よ われらが宿り── という歌い出しで知られる日本の有名な山の歌『雪山讃歌』。 雪山への素朴な思いを歌い上げたこの歌は、鹿沢にある一軒の温泉宿で生まれました。

この雪山讃歌はアメリカ民謡『いとしのクレメンタイン(Oh My Darling Clementine)』に日本語の詞をつけたものです。 作詞をしたのは西堀栄三郎(1903-1989)氏。 京都帝国大学の山岳部員だった西堀氏は、1927(昭和2)年1月、仲間と共に群馬県吾妻郡嬬恋つまごい村の鹿沢温泉に来ていました。 折しも天気がくずれて吹雪となり、一行は宿から身動きがとれなくなりました。 時間を持て余した一行は、退屈しのぎに山岳部の歌を作ることにしました。 曲は当時仲間内で愛唱されていた『いとしのクレメンタイン』が選ばれ、みんなで持ち寄った言葉を即興的に当てはめていったのです。

雪山讃歌の碑

こうしてできた『雪山讃歌』は、雪山登山の生活と心情が簡潔にまとめられ、快活なマーチのリズムと相まって、次第に多くの人たちに親しまれるようになりました。

作詞者の西堀栄三郎氏は、その後、第一次南極地域観測隊[3]の越冬隊長となり、1956(昭和31)年11月、隊員と樺太犬のタロとジロとともに南極へ渡ります。

鹿沢温泉には、『雪山讃歌』発祥の地を記念して、1971(昭和46)年、西堀氏直筆の台字による『雪山讃歌』の碑が建てられました。

[3] 南極地域観測隊(日本):南極大陸の天文・気象・地質・生物の観測を行うために日本が南極に派遣する調査隊の名称。昭和基地を拠点に、オーロラの観測や厚い氷床の掘削、鉱物の調査や隕石の発見、動植物の調査など、幅広い活動をしている。夏の約3ヶ月間観測を行う夏隊と、1年を通して観測を行う越冬隊がある。